大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和41年(オ)1352号 判決 1967年4月28日

上告人(被告・控訴人) 東京墨田青果株式会社

右訴訟代理人弁護士 清瀬一郎

同 大政清

同 内山弘

同 山本満夫

同 原謙一郎

被上告人(原告・被控訴人) 霞農業協同組合

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大政満、同清瀬一郎、同内山弘、同山本満夫、同原謙一郎の上告理由について

白地手形の補充権の消滅時効については、商法五二二条の規定が準用され、右補充権は、これを行使しうべきときから五年の経過によって、時効により、消滅すると解すべきことは、当裁判所の判例とするところであり(昭和三三年(オ)第八四三号同三六年一一月二四日第二小法廷判決、民集一五巻一〇号二五三六頁参照)、今これを変更する必要をみない。従って、これと見解を同じくする原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、右と異なる見解に立脚して原判決の違法をいうものであって、採用することができない。<以下省略>

(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)

上告代理人大政満、同清瀬一郎、同内山弘、同山本満夫、同原謙一郎の上告理由

<前略>

一、原判決は理由において「補充権の行使は手形行為ではないが、商法第五〇一条第四号所定の「手形ニ関スル行為」に準ずるものと解して妨げなく、その消滅時効については同法第五二二条を準用し、時効期間を五年と解するのが相当であり、時効期間を三年とする控訴人の見解は採らない(最高裁判所昭和三三年(オ)第八四三号同三六年一一月二四日第二小法廷判決参照)。

従って、補充権授与契約上存続期間につき特別の定めがなされたことの認められない本件では、補充権は本件手形が振出された昭和二七年二月二〇日から五年の経過により消滅するものというべきところ、右期間の満了前である昭和三〇年四月一六日、本訴が提起されたことは記録上明らかであるので、満期の補充権がその行使前時効により消滅したことの控訴人の主張も理由がない」と説示し、上告人の手形の補充権の消滅時効は三年なりとの抗弁を排斥している。

二、然し乍、右判決は法律の解釈を誤ったものである。

1 白地手形の補充権の行使は手形を有効ならしめるため行われるものであって、この行使は結局手形に一定の文字を補充記載することに外ならない。

従って、この行為は原判決も摘示している通り商法第五〇一条第四号の「手形に関する行為」であって、絶対的商行為であることについては上告人も異論はない。而してこの「手形に関する行為」の消滅時効の期間について、原判決は商法第五二二条の原則を適用して「時効期間を五年と解するのが相当」と判示している。処が、商法第五二二条の但書「但、他ノ法令ニ之ヨリ短キ時効期間ノ定アルトキハ其規定ニ従フ」と規定されていて、商行為による権利の消滅時効は原則として五ケ年であるがそれより短期時効の規定のあるものについてはこれによるべきことを明定しているのである。

2 この点に関して原判決は「白地手形の補充権は、手形要件を補充して手形を完成する形成権であって、その行使により手形金請求の債権が発生するのであるから、消滅時効については債権としての時効を考えるべく補充権が手形の譲渡に随伴することにかんがみれば」云々と説示し、白地手形の補充権を一つの債権に類する権利の如く把握されているようである。この考え方は手形と手形の補充権との実体を無視した机上の空論であると思料する。手形の補充権は手形の譲渡に随伴もするが同時に手形と運命を伴にし補充権自体は当該手形の存在と共にあるものであって、手形債権の消滅と共に消滅するものである。補充権自体が手形より遊離して別の法的効果をもつものではない。

従って、補充権の行使は既振出の当該手形金請求債権を完全ならしめるものであって既振出しの手形金債権自体と不可分一体のものである。原判決が示す「債権としての時効」は「手形債権としての時効」として理解すべきである。果して然らば手形の補充権の消滅時効は商法第五二二条の原則によるべきではなく同法但書により手形法第七〇条の短期時効の適用を受くべきである。

3 従来判例は白地手形の補充権は手形債権の消滅時効完成まで、行使出来ることを繰返し判示している。これは裏返せば白地手形の補充権の消滅時効は手形金債権の消滅時効である三ケ年と同一であることを明示しているものと解すべきである。

尤も、前記判例は満期日白地以外の手形要件の補充に関する事例であるが、法律上手形の補充権が一つの形成権と解する限り満期日白地の補充権もその余の手形要件白地の補充権も共に白地手形における補充権として法律上同一のものであって、その法的解釈は同一でなくてはならない。果して然らば原判決が引用する判例による満期日白地手形の補充権の時効は商法第五二二条の原則により五年であるに反してそれ以外の手形要件白地の手形の補充権の時効は商法第五二二条但書の手形法第七〇条により三年と解する従来の判例とは根本的に矛盾するものであって、上告人は御庁に統一した判決を希求するものである。

4 白地手形の補充権の時効は三ケ年と解すべきであるその実験上の理由としては、

イ 社会上支払の用具として流通性、確一性並に短期性(迅速性)を要請されている手形において補充権自体を一種の権利とみるならば右権利が手形と運命を共にすること並に手形の社会的機能により考えて特別の事情のない限り手形法第七〇条の時効と同律すべきである。

ロ 例えば満期日白地の手形の補充権の時効を三年とするも、利得償還請求権を喪失するわけではないのであって、満期日白地の補充権の時効のみ五年としなくても、他の手形要件の補充権の時効と同様三ケ年とするも法的権衡を失するようなことはない。

ハ 又、例えば、六年後を満期日とした手形にして手形要件白地の手形の場合は五年以内に補充権を行使しないとその補充権は時効により喪失することとなり、手形は無効となるわけであるが、しかし手形は有効である。又逆の場合は手形金請求権は時効により喪失しているも補充権のみ法的には生きていることとなる。

何れにしても不合理である。従って補充権は手形金請求権が時効により喪失するまで時効に罹らないと解すべきである。而して、強いて補充権自体の時効期間を論ずるならば手形法第七〇条により満期日より三年と解すべきである。

ニ そこで補充権につき期限の定めのない満期日白地の本件手形においては一覧払に関する規定(手形法三四条)の趣旨より、右補充権の時効は手形交付のときより三ケ年を以て時効に罹ると解することは理の当然であって、三ケ年後は利得償還請求によりその法律関係を処理すべきであると解する。

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